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@伊居太神社
古代に裁縫技術を伝えたといわれている二人の織り姫、呉織穴織の功績に対して、その霊を奉る社殿を建て、呉織の社を秦下社穴織の社を秦上社と称しました。
これが現在の呉服神社と、五月山西麓にある伊居太神社の始まりと言われています。

A茶臼山古墳
今から約1600年前の4世紀後半に、五月山の山腹に作られた前方後円墳で縦約60m、後円部の直径約35m。
大型の朝顔型ハニワ・首飾り・腕輪などが発見されています。

B大広寺
五月山の中腹にある曹洞宗の禅寺。
1395年、天厳和尚が開山したと言われています山号の「塩増山」は、昔、山上に池があり、その水が海の引潮満ち潮に応じて減ったり増えたりしたというので名づけられました。
大広寺は古くから文人墨客との関わりが深く、豊かな文化が生まれまています。

C池田城跡
織田信長が天下を制していた頃、池田氏に変わって城を治めた荒木村重の時に は、三の丸を有し、的場・弓場・馬場などの名を残すほどの近世的な城になっていました。しかし、1579年村重が信長に謀反を起こしたため、落城して今日に至っています。

Dガンガラ火祭り
8月24日の夕刻、五月山山中に「」と「大一」の火文字が点火されます。
前者は、大明ケ原で建石町、後者は、愛宕山で城山町(甲ケ谷町)があたり、どちらも文字火を大松明にうけて、その行列が市内をねりまわり、その際、半鐘や八丁がねなど、いろいろなものを「がんがらがんがら」とたたくのでこの名がありますが、どちらも故事来歴は不明です。




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